神道について解説するWEBサイト 日本人に宿る神道イズム。今こそ見直される八百万の神の精神

神道とは、神道についての解説を行います

古代の神道と祭り

古代の神道

神道の起こり

神道の起こりについては、「極めて古い時代の日本で生まれた」と考えられているものの、その詳細は明らかになっていません。
人類が日本に住みはじめ、生活をしていく中で自然発生的に生まれ育っていった自然信仰や民族信仰を源として、その後、農耕文化が発達・定着してきた頃にその原形が成立したものとみられています。
ちなみに「神道」という言葉が初めて日本の文献中に登場するのは、『日本書紀』第三十一代用明天皇の条で、そこには「天皇信仏法尊神道」(天皇は仏法を信けたまひ、神道を尊びたまふ)と書かれています。

縄文時代の信仰

縄文人は「円の発想」という、全ての事柄を平等に扱う思想を元に暮らしていたと考えられています。

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そのため人々の間に身分や貧富の差はなく、誰もが対等の関係で生活を営もうとする考えから、丸い広場の周囲住居を作って住んでいたようです。

この「円の発想」は、人や動植物をはじめ、雨や風といった自然現象などすべてのものが精霊を持つという「精霊崇拝」の考え方からきており、縄文時代の貝塚から「動物の骨」「貝殻」「植物の種子」「壊れた道具」などと一緒に「死者の人骨」が出土したという事実からも、貝塚をただの「ゴミ捨て場」ではなく、役目を終えた「精霊を祀る場所」と考えていた様子が伺えます。

また、縄文人はさまざまな土器を作りましたが、土器は「土」と「火」、さらに土を捏ねる段階で「水」、火を燃やすための「風」がないと作ることができず、あらゆる自然要素が必要になります。
このことから、彼らは自然界を構成する「地・水・火・風」の四大精霊に対して、特に尊敬する気持ちを持っていたのではないかと考えられています。

弥生時代の信仰

弥生時代になって農耕生活が始まると、その生活はだんだんと変わっていきました。
人々は自分の家の領域を囲って家の広さで身分を示すようになり、集団の指導者や祭司となった人間は、集落の中の最も良い場所に住居を構えることで、強さや威厳を示すようになったのです。

こうした生活の変化に付随して、人々の信仰対象も必然的に変わっていきます。
弥生人たちは、稲を育てるための「太陽」と「水」の恵みを重んじ、川の近くに水田を作ったことから河川の水源となる「水神」を崇拝するようになりました。

この時代に広まっていった「青銅祭器」のうち、銅鏡は太陽神を祀ったもの、銅鐸は水の神に供えたものとされており、銅鐸の表面に水をあらわす波の模様や渦巻模様が多く描かれているのは、このためであるといわれています。



神道と祭り

日本の祭りの起源

日本の祭りは、人々が神と共に飲み食いし、音楽や芸などを楽しむ、というものが原形でした。神と人間が共に楽しむことによって、人々がそれを生きる活力にしようとしていた、という説があります。
「人々が協力しあって労働をすることによって、神の助けも得られる」という思想のもと、神と人々が協力して稲を育てることで、国の安泰がもたらされる、と考えられたのです。

神道における祭りの単位

神道には、「個人個人が自由に神を祀る」という考えが基本にありますが、それが発展した先には「家」単位での祭りがあり、さらにその先には「集落(地域)」単位での祭りがあります。
縄文〜弥生時代はじめ頃の人々は、親類縁者で構成された集落を生活拠点とし、祭りの際には集落の皆で神を祀る儀式を行なっていました。

その後、弥生時代の半ば頃から農業で結びついた共同体ごとに小さな国が作られ、小国単位での祭りが行なわれるようになります。
(※1984年、「二世紀半ばの出雲首長たちが集まり、神の祭りをした痕跡」が見つかっています(島根県斐川町荒神谷遺跡)。そこから358本の銅剣が出土したのですが、その本数が「出雲国風土記」という奈良時代の地誌が記す出雲国の神社の数とほぼ一致していました。 この事から、二世紀半ばに出雲の首長たちが1人につき1本ずつの銅剣を持ち寄って、荒神谷で祭りを行っていたのではないかと推測されています。)

そして、8世紀には大和朝廷が国内を統一するに至りますが、朝廷が司る「国家の祭り」は政治的な意味合いが強かったため、集落・小国単位では豊作を祈って神を祀る行事は引き続き行われていきました。

重要視される「祖先の祭り」

弥生時代、農耕生活が始まるようになると「家」の存在が大きくなり、祖霊信仰が強まっていきます。
亡くなった祖先の霊を、「その家を守り、繁栄をもたらす神」として崇拝するこの信仰が広まったことによって、人々の中に「祖先が苦労して開墾した土地と水田があるからこそ、今、自分たちが安定して生きられる」という感謝の念が生まれてきました。
こうして、祖先を祀る祭りがだんだんと重んじられるようになっていったと考えられています。

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