神道について解説するWEBサイト 日本人に宿る神道イズム。今こそ見直される八百万の神の精神

神道とは、神道についての解説を行います

神道の特徴と思想

神道と他宗教の違い

柔軟ゆえ他宗教を排他しない神道

多くの宗教は、排他的な雰囲気を持っています。 「自分たちの信仰は他とは異なり、唯一の正しい信仰である」と主張することによって成り立つ宗教も多く、キリスト、イスラム、ユダヤの三大宗教が長い年月にわたって対立してきた背景も、そこにあるのではないでしょうか。 これに対し、神道は極めて柔軟な性質を持っているため、他の宗教を排除したり攻撃したりすることはなく、その必要もありません。

教典のない宗教

神道には、仏教やキリスト教、イスラム教といった他の宗教でいう「教典」がないため、教典に記載されている掟を守らなければならないという縛りもなく、信仰者の状況によってさまざまなかたちに変化するという特徴があります。
時代によって人間の善悪に対する考え方が変化するのに伴い、神道も変化してきたため、神道にはその時の政治・文化などの時代背景が色濃く反映されています。

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法や規則で縛らない「道」

神道が神「道」とされていることもまた、その教えが自由であることの現れといえます。
「道」という言葉の意味を調べると、その中に「人として踏み行うべきみち」「宇宙の原理」というものが見つかりますが、神道でいう「道」にはこれらの意味が当てはまります。
また、神道でいう「道」は、儒教でいう「天の道」や「人の道」などとは異なり、どちらかというと「茶道」や「華道」などを自分なりのやり方で楽しむ感覚に近く、その「道」は個人個人が自由に表現するものであると捉えられています。
誰かが人の上に立って教えを説いたり、法や規則で人を縛らない。それが、「神教」でも「神法」でもなく、「神道」とされている所以なのです。

仏教と神道

神道文化と仏教の融合

飛鳥時代に大陸から伝来し、またたく間に広まった仏教。
人々は、神に願う事が出来なかった「個人的な望み」を、神に代わって仏に祈るようになりました。
また、仏教はそれまでの日本の文化と融合し、日本独自の発展を遂げます。
本来、仏教は個人の心の修行を最も重んじるものですが、当時(7世紀頃)の豪族たちは祖先の祭りのために寺院を建て、仏像を造っていきました。
そして、王家や豪族が祖先神を祀っていた形に倣って寺院が建てられ、祖先供養の仏事を行なう習慣がつくられたと考えられています。

「穢れ」と「祓い」

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穢れとは

「穢れ」とは、さまざまな物事が不浄・悪い状態であり、生命力が枯れてしまうことを表す概念です。
神道では、「清浄で若々しく生命力が充ち満ちていること」が重要であるため、その正反対である穢れは嫌忌の対象となります。
かつて、穢れは死や病、出産、月経などによってつくと考えられており、そういった状態の人は祭事・行事などへの参加を禁止され、おとなしく家にこもっていなければなりませんでした。
また、人は「気」が穢れている時に間違いや罪を犯すと考えられ、罪人は「気(生命力)が枯れてしまった気の毒な人である」とされました。
こうしたことから、人々は常日頃から穢れを近づけないようにすべく、清く明るく正しく生きることを心がけていたのです。

祓いとは

「祓い」とは、罪や穢れ・災いなどを取り去って不浄を清めることをいい、「穢れ」と対になる言葉です。
昔から日本人には、「自分自身を正していこうとする心=良心」がすべての人に備わっているという考えがあり、たとえ法律では罪にならないとしても、良心に恥じる行為を罪(穢れ)と捉える一面がありました。
しかし、それと同時に「罪をつぐない、心から反省している人は許す」という寛容な心も持ちあわせており、心から反省している人を厳しく責め続けることは無慈悲な仕打ちだと考えられました。
そのため、自ら進んで祓いを行なった人についてはその罪を許し、温かく迎え入れるべきであるとされています。

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「産霊(むすひ)」

”縁結び”の概念につながる思想

神道における重要な考え方のひとつに「産霊」というものがあります。
「むすひ」の「むす」は「産むす」の「産」が省略されたもので、自然に物事が発生するという意味。「ひ」は「霊または霊力」の意味。この二語を合わせた「むすひ」は、「生命力」「結び」の意味を持ち、神道ではすべてのものが産霊の力によって創造され、発展、完成すると考えられています。