神道について解説するWEBサイト 日本人に宿る神道イズム。今こそ見直される八百万の神の精神

神道とは、神道についての解説を行います

神社について

神社のはじまり

神と人との交流の場

今、神と交流するための場所といえば神社を思い浮かべますが、昔は大木の近くや大きな岩、山などに神が降りるとされていました。そのため、それらの場所は神聖な場所として崇められ、人々が祭りを行う場となり、臨時の祭場が設置されるようになりました。

こうした祭場が発展していく過程で「神籬(ひろもぎ=臨時の依り代)」が創られ、7世紀はじめごろの飛鳥時代、中国寺院の建築形態の影響を受けながら、神籬が置かれた土地に大規模な神殿が建てられるようになっていきました。
こうして、現在のような神社の形が完成されたいったと考えられています。

つまり、信仰のために人々が集い・交流する場が、今日の神社のような建物へと発展してきたわけですが、本来の神道の考え方では「神は常に人の身近にいるもの」であって、神社だけが神と人との交流の場、というわけではないのです。

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境内

鎮守の森

「鎮守の森」とは、神殿や参道を取り囲むように存在する、茂った森のこと。
神社がある場所の多くは周囲が森林になっており、その周辺に神社の建物が配置されているケースがほとんどです。
鎮守の森には「神が集まる」とされているため、境内に参拝できても鎮守の森に立ち入ることを禁じている神社も多く、そこがいかに神聖で重要な場所であるかを象徴しています。

玉垣

神社の周囲には、「玉垣」と呼ばれる低い柵があります。
これは神社の聖域を囲むためのもので、この垣の内側に神が降りてくるとされています。
昔は、榊などの樹木を並べて玉垣をつくっていましたが、奈良時代になると朱塗りの板で作った玉垣が増えはじめ、榊を玉垣にする習俗はすたれていきました。
現代では、寄進者の名前を刻んで朱を入れた、石の玉垣が多くなっているようです。

参道

神社の入口には通常「鳥居」が置かれており、そこをくぐると拝殿まで参道が続いています。
参道を歩くとき、参道の中央を歩かないように注意する必要があるといわれていますが、これは、参道の中央部分が「神様の道(神が神殿と人間が生活する世界との間を行き来する道)」とされているためです。

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ちなみに、参道を進んでいくと目に入って来る「燈篭」は、もともとは参拝者のための照明として設置されたものでしたが、現在では灯明(とうみょう)供えるために用いられています。
また、参道の両側に配置されている「狛犬」は、神を護るため・魔物が神域に入らないよう警戒するために置かれているものです。

神社の建物

神社にある建物の中で、最も中心的な役割を果たす建物は、御神体を祀っている「神殿」です。
神殿は「本殿」や「正殿」とも呼ばれ、拝殿の背後に建てられていますが、神聖な場所であるために通常では見られなくなっているケースが多くなっています。

神社には神殿のほかにも「幣殿」「神饌殿」「祝詞殿」「神楽殿」や「社務所」「納札所」「授与所」などのほか、有力な神社には文化財を納めた「宝物殿」が設置されている場合もあります。

こういった神社の作りは、国内に寺院が広まる飛鳥時代以降に整えられ、概ねそのままの形で今日まで受け継がれています。

本殿の建築様式

神社の建物の中で最も重要である本殿には、いくつかの建築様式があって、各神社でその様式に則った建築がなされています。

例えば、伊勢神宮に関係する神社では、伊勢神宮を手本にした「神明造」が用いられています。
神明造は、切妻造の建物を軒のある方向から拝む形に造られていて、屋根が直線的で真っ直ぐであることと、中心に置かれた心御柱が底の直下まで達する形で、床下に埋められているのが特徴です。

これに対し、出雲大社に関係する神社では、出雲大社に倣った「大社造」が用いられています。
大社造は、切妻造の建物を軒の端のある方向から拝むように造られており、屋根が曲線的で”反り”が入っていることと、心御柱が棟まで通っているのが特徴となっています。

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この他、主な本殿の形式としては、「住吉大社の住吉造」「京都市の上賀茂神社」「下鴨神社の流造」「奈良市の春日大社の春日造」「大分県の宇佐神宮の八幡造」「滋賀県の日吉大社の日吉造」「日光東照宮の権現造」などが有名ですが、大社造と神明造が最古の基本的な神社建築の形式であり、この二つの建築方法にさまざまな装飾を付ける形でその他の建築様式が確立していったと考えられています。

大社造(出雲大社)

神明造(皇大神宮)